DESIGN STORIES_長野駅善光寺口開発プロジェクト

歴史と伝統を継承した信州エリアの新しい玄関口へ

2015年の北陸新幹線金沢延伸に伴い、信州の玄関口である長野駅に信州エリアの魅力を広域圏へ情報発信する「ハブ拠点化」と、
街の中心的役割を担う「顔づくり」を目指した長野駅善光寺口開発プロジェクト。
それは、駅と善光寺を中核とした新たな街づくりプロジェクトである。

長野駅・MIDORI長野
所在地: 長野県長野市
階数: 地上3階(駅ビル増築部)
延べ面積:10,351.56㎡(駅ビル増築部)、
4,765.31㎡(駅)
構造:S造
竣工年:2015年

多くの参詣客を迎え入れてきた信州の玄関口

約1400年の歴史を誇る長野県善光寺。泰平の世が続いた江戸時代後期には「一生に一度は善光寺詣り」と言われるほどの人気となり、現在も多くの人々が参詣に訪れている。その玄関口である長野駅は、1888(明治21)年に官設鉄道の駅として開業。1902(明治35)年には木造2階建ての2代目駅舎となり、1936(昭和11)年に善光寺の門前町らしく仏閣型の駅舎に改築。その後、北陸(長野)新幹線開業と長野オリンピック開催が決まり、1996(平成8)年に4代目となる現代的な橋上駅舎に建て替えられた。あわせて開通した東西自由通路とともに利便性も向上したが、仏閣型の駅舎を惜しむ声も多かったという。

長野市のほぼ中央に位置する長野駅は、白馬、戸隠、志賀高原などの観光地への拠点でもあり、官公庁の機関も多いことから「信州の玄関口」でもある。1997(平成9)年の長野新幹線開業、1998(平成10)年の長野オリンピック開催によって長野市を中心に活況はピークを迎えたものの、その後、人口減少などの影響を受けて街の活気は徐々に失われていった。

そこで、2015(平成27)年3月14日の北陸新幹線金沢延伸による新幹線利用客の増加を絶好の機会と捉え、長野駅を、信州エリアの魅力を広域圏へ情報発信する「ハブ拠点化」するとともに、街の中心的役割を担うシンボルとすることを目指し、長野市が進める中心市街地活性化の一事業である善光寺口顔づくり事業として、駅前広場整備と連携した長野駅善光寺口開発プロジェクトがスタートした。

駅前広場と一体的に整備され街へ大きく開かれた門前回廊

利便性・回遊性を向上させる立体的な接続

中心市街地につながる長野駅善光寺口は、駅舎、駅ビル、ホテル、駐車場などが散在していたことから利便性や回遊性が低く、また、自由通路や歩行者デッキも長野新幹線開業や長野オリンピック開催に合わせて暫定整備されたままであり、地域の拠点駅としての動線や「顔」としては不十分であった。

そこで、自由通路入口を覆うように新たな駅ビルを建設し、そこを中心として、長野市が整備する歩行者デッキ、既存駅ビル、ホテルを接続し駅周辺の回遊性を高めることとなった。新駅ビルの外観は長野駅の新たな顔となるよう、市の駅前広場整備事業と一体化したものとし、自由通路の入口も本格的に整備することとした。一般的な建築を建設する中でも、自治体との協議が必要となるが、本プロジェクトはまさに長野市と協働して街の活性化を目指すものであり、JR東日本や駅ビル会社、ホテル会社、それぞれが抱く思いを把握したうえで各事業者の要望を調整し、すべての関係者が納得できる設計を目指した。

こうして、2015年に既存駅ビル「MIDORI長野」の増築という形で新たな駅ビルが完成。新駅ビルのエントランスでもある自由通路入口は自然光を取り込んだ吹き抜け空間とし、善光寺に通じる市街地への玄関口にふさわしい顔となった。歩行者デッキやホテルとも接続し、駅と街との回遊性は飛躍的に向上した。併せて5階建ての既存駅ビルを全面的にリニューアル。ホテルも客室のリニューアルを行い、既存駅ビルに直結した立体駐車場も整備した。

新たな駅ビルと自由通路の賑わいを立体的につなぐ吹き抜け空間(左)。回遊性を高めた駅ビル飲食フロア(右)

列柱の圧倒的なスケールと大庇から降り注ぐ木漏れ日が心地よい大空間

新たな長野駅のシンボルとなる大庇・列柱の大空間

善光寺口の駅前広場に面して、新たな長野駅のシンボルとして信州の木材を使用した「大庇・列柱」で構成される空間を設けた。大庇と12本の列柱からなる幅140m、高さ18.5m、奥行14mの大空間は、駅ビルと街の賑わいとの中間領域、いわば「縁側」のような空間となっている。この大庇・列柱は長野市の事業として計画され、デザイン決定にあたっては長野市の景観検討委員会とJR東日本でワークショップを開催し、議論が幾度も重ねられた。

信州の玄関口として長野らしい空間をつくり出すためのモチーフとして長野駅と善光寺を2つの核として捉え、駅の既存部分も改良した。新たな拠点となるよう、長野のアイデンティティーと未来を意識させる要素をデザインに取り入れている。仏閣が持つ「歴史性・伝統性・ゲート性」や「雄大な自然・風景のようなスケール感」「樹々に囲まれ木陰を楽しむ雰囲気」を感じられる空間となることを意図し、長野市産の木材を駅の随所に使用した。

大庇・列柱のデザイン要素は建物内部にもつながっている。新駅ビルの3階には、信州の様々な情報発信を行う拠点となるコミュニティスペース「りんごのひろば」をフロアの中心に設けた。大庇のルーバーをコミュニティスペース上部のトップライトまで貫入させることで、駅前広場などの外部とのつながりを強く感じられる空間とした。また、駅舎には鉄道施設として求められる耐久性、メンテナンス性に配慮したうえで大庇・列柱と一体感のある木質系材料を多く取り入れた。

安全性やコスト、環境に配慮した設計

大庇・列柱で使用される木材は、水蒸気式高温熱処理木材という杉材の製品を使用し、反り・割れ・狂い・変形を限りなく少なくし、腐朽等の耐久性も向上させている。その一方で、生木や無垢の木を設計する際と同じ配慮で設計を行い、熱処理を過信しないディティールを心がけた。また、木材を扱ううえで昔から伝わる木材のおさまりを多数採用した。

大庇・列柱の空間は公共用歩廊・アーケードに分類され、法的に不燃材で作る必要があったが、木材の不燃化は加工手間が大きく、コスト面でクライアントに負担をかける恐れがあった。そのため、火災安全性を確認するシミュレーションを行い、下部で火災が起きても大庇の木ルーバーは燃焼温度に達しないことを検証し、木ルーバー部分の不燃化を解除した。これにより大幅なコストダウンを実現することができた。

建物内部のエネルギー効率においても、建物規模が大きくなるスケールメリットを活かし、省エネ効果を高める工夫をした。それぞれの事業者が使用している熱源を集約し、効率よく分配するため、ガスと電力のベストミックスによる個別方式での省エネ空調システムを構築。事業者の所有区分に配慮したうえで使用電力を抑えるなど、信州という自然豊かな地域にふさわしい環境に配慮した空間を実現した。

大きく張り出した庇の木ルーバーが日射をコントロール(左)。大庇からの光が建物内部を優しく包み込む(右)。

駅を中心としたエリア全体で展開する「信州をめぐる旅」

善光寺口の開発に合わせて、長野駅を中心としたエリア全体で信州の魅力を情報発信するプロジェクトも同時に進められた。それが、「信州100stories」である。長野らしさ、信州らしさを感じさせる展示物を駅構内の様々な場所に設置することで、訪れる人々が楽しめる企画となっている。この「100」とは、数字の100ではなく、百科(いろいろな)を意味している。

駅の案内サインに信州の木材を使い、番線表記は木曽の漆塗りを利用するなど、建物内の様々な場所に信州の息吹を感じられるつくりにした。また、ホームやトイレの案内サインに、善光寺本堂や、地獄谷のサルが温泉に入っている様子をアイコン化して使用するなど、信州各地の観光地をモチーフにしたデザインを随所に施した。

「信州100stories」は、駅のみならず接続するホテルや駅ビルも含むエリアに、自治体と連携して取り組んでおり、信州出身の画家やアーティストの作品やオブジェの展示、イベントの実施など、各エリアに即した表現手法で展開している。長野駅に降り立った旅行者がこれらのエリアを回遊することで、自然と信州の魅力を楽しむことができるコンテンツとなった。

吹き抜け上部の中間領域に配置した明るいコミュニティテラス

訪れる人と市民に長く愛される空間へ

2015(平成27)年3月14日。北陸新幹線金沢延伸と同じ日に、長野駅善光寺口において新駅ビルの完成式典が行われた。また、この年は2カ月で600万人以上が長野に訪れる7年に一度の善光寺御開帳の年でもあった。大庇・列柱の空間は、祭事や様々なイベントに合わせて緞帳や提灯、花が飾られるなど、市民の交流の場や訪れる観光客への「おもてなし」の場となっており、新しく創出された公共空間として今後も様々な活用が期待されている。

今回の善光寺口開発で行われたブランディングにより、善光寺を訪れる観光客だけではなく、長野県近郊から駅に来ることを楽しみに人々が集まり、ハブ拠点化によって長野市、さらには信州全体の情報発信が可能となるなど、地域における駅の価値が高まった。さらに、大庇・列柱空間と駅ビルとの融合により賑わいの連鎖が生まれ、駅を中心とした街全体の魅力の向上にも大きく貢献することができた。

大庇・列柱空間は、長野市による愛称公募が行われ、「門前回廊」の名称で現在も多くの市民に親しまれている。

りんごの広場ではさまざまなイベントが開催される