DESIGN STORIES_KAWASAKI DELTA

都市にひらかれたオアシスとして、誰もが寄り道できる新しいまち

東京と横浜の中間地点に位置する川崎。
日本のものづくり産業の発展に寄与してきたこの地の開発は、歴史的な伝統を受け継ぎながら、
芸術文化や先端産業・研究開発都市としてさらなる進化を遂げるべくスタートした。

KAWASAKI DELTA

ホテルメトロポリタン 川崎
建築主:東日本旅客鉄道、日本ホテル
所在地:川崎市幸区
階数:地上16階
延べ面積:17,328.98m²
構造:S造(一部SRC造、RC造)
竣工年:2020年
JR川崎タワー オフィス棟
建築主:東日本旅客鉄道
所在地:川崎市幸区
階数:地上29階 地下2階
延べ面積:106,977.28m²+635.66m²(駐輪場棟)
構造:S造(一部SRC造、RC造)
竣工年:2021年
JR川崎タワー 商業棟
建築主:東日本旅客鉄道
所在地:川崎市幸区
階数:地上5階 地下1階
延べ面積:9,731.20m²
構造:S造(一部SRC造、RC造)
竣工年:2021年

豊かな都市空間を目指して

1872(明治5)年に日本で3番目の駅として開業した川崎駅。周辺には重化学工業が集積し、近代以降、日本の産業を支えてきた地域でもある。近年は産業の構造変化に伴い、東口エリアは昭和の面影を残した町並みが残る一方、西口エリアは日本を代表する先端産業のメーカーやIT企業が次々と進出していた。そこで、川崎市はこれまでの「工業都市」としてのイメージをさらに進化・発展させるべく、新たな川崎の顔となるまちづくりを目指した。

本プロジェクトは、1999(平成11)年に都市計画決定された「川崎駅西口大宮地区計画」(再開発等促進区)に基づき進められた土地の高度利用による駅前市街地の整備、安全で快適な歩行者ネットワークの充実、そして国際都市として魅力のあるオフィス・ホテル・商業・フィットネス施設などを備えた約137,000㎡の大規模まちづくり計画である。

計画地は、東京駅赤レンガ駅舎と同じ1914(大正3)年に建設された旧国鉄の川崎変電所レンガ倉庫があった場所であり、川崎駅西口を利用する人々は約90年もの間、この倉庫を見続けてきた。土地の歴史を継承し、一方で国際的な先端産業・研究開発都市へと進化する川崎の新しい玄関口にふさわしい都市空間とするべく、開発コンセプトを「グローバルスマート川崎」と位置付けた。

カワサキデルタ全景。写真右下方向の川崎駅とは歩行者デッキで接続。「音楽のまち・かわさき」の象徴であるミューザ川崎(写真右)とのつながりも意識した

川崎地勢をルーツとしたランドスケープデザイン

地名が示すとおり川崎は、多摩川の上流から流れてきた土砂が蓄積してできた河口の三角州(デルタ地帯)を中心に発展した都市である。広域的には、緑豊かな丘陵地、都市・住宅街、工場夜景が美しい臨海部という3つの風景が川崎の魅力となっている。
開発計画地が三角形(デルタ)であることに象徴性を見出し、この地で多様なヒト・モノ・コトの3つが出会い交わり新たな価値が生まれることを願い、街区は「KAWASAKI DELTA(カワサキデルタ)」と名付けられた。

カワサキデルタは単体で存在するものではなく、周辺街区や地域とのつながりがあってこそ意味がある。そのため、既存の歩行者デッキとの連続性・回遊性と、豊かな歩行空間づくり、すなわちランドスケープデザインが特に重要であると考えた。
敷地全体を覆う人工地盤を三角州に重層する新たな「人工の大地」に見立て、その側面にはかつての変電所倉庫を想起させるレンガ調タイルを使用した。駅を出入りする列車からはレンガ色の地層が広がっているように見える。

既存の歩行者デッキと対を成す形で「人工の大地」を貫く舗道は、多摩川の川筋をイメージして「多摩川ペイブ」と名付けた。多摩川ペイブは、川崎の多様な風景を辿るように「SATOYAMA AREA」「URBAN AREA」「BAY AREA」のエリアごとに舗装や植栽に変化を持たせ、歩行者が楽しめる空間となっている。これらのエリアを繋ぐ舗装面には、川崎市や多摩川の風景にまつわるキーフレーズを刻印した「川崎・多摩川タグ」を100箇所散りばめており、このタグは観光などで訪れた人々にとっては川崎を知るきっかけづくりとなり、地域の人々にとっては地元への愛着を深めるアイコンとなる。

外構計画図。多摩川ペイブ(水色のライン)に沿って「BAY」「URBAN」「SATOYAMA」の3つのゾーンと6つのシーンを設定し、植栽や舗装、ファニチャーに変化をつけた

左上:Lounge×BAY。ヤシやソテツなどの海沿いをイメージした植物とベンチを配置
右上:Walk×BAY RIVER。水の流れを表すガラス屋根により雨に濡れずオフィス棟へアクセスできる
左下:中央広場「デルタプラザ」から見たオフィスエントランス。街区全体に統一感をもたらす木質系の素材をエントランスホールにも使用
右下:Steps×SATOYAMA。川崎市西部に植生する地元由来の樹木を配し、隣街区へとつながるネットワーク上の視点場とした

フロントロビー。音響板を思わせる天井など音楽ホールから着想したインテリアデザイン

出会いと物語の始まる場所
~ホテルメトロポリタン 川崎~

川崎駅は品川駅と横浜駅の間に位置しており、羽田や成田空港からのアクセスが良い。加えて、ホテル棟は大規模オフィスとの複合施設であることから、国内外のビジネスユースを中心に長期滞在や観光客の利用などが見込まれる。また、川崎市は、川崎駅西口駅前にあるミューザ川崎シンフォニーホールなど音楽を中心とした文化・芸術活動に力を入れていることもあり、宿泊するだけではなく文化や芸術を感じ取ってもらえる空間づくりを目指し、ホテルメトロポリタン川崎のテーマを「出会いと物語の始まる場所」と設定した。

フロントロビーには音楽ホールをオマージュしたインテリアデザインが広がり、ここで定期的に開催されるライブは宿泊客以外も楽しむことができる。また、絵画、版画、織物などさまざまなジャンルの若手アーティストの作品を館内に展示。数箇所は季節ごとに作品が入れ替えられ、新たなアートとの出会いの場となっている。1階の車寄せエントランスはモノトーンの内装と白黒の版画を展示した静寂の空間。2階ロビーとは異なる落ち着いた雰囲気で、アートの世界に浸ることができる。

客室は約23~31㎡のクイーンルームを主体とする3タイプ。洗い場付きバスとレインシャワー、左右に動かせるアームを搭載した壁付けテレビなど、高い快適性と利便性を提供している。なお、室内に飾られた絵画は、空間との調和とアクセントのバランスを図るため描き下ろされた作品である。

多様な働き方と環境に配慮したオフィス空間
~JR川崎タワー オフィス棟~

オフィス棟は、事務所専用面積約66,700㎡、約1万人規模の新たなビジネス拠点施設を目指した。基準階貸室は約2,600㎡を有するコの字型片側コアプランを設定し、貸室数や働き方に合わせた可変自由度の高いオフィス空間を実現させた。オフィス棟の外装は、日射の遮蔽を目的とした水平庇と縦フィンで構成されており、環境への配慮とともに、大規模立面の外装分節化により、圧迫感の軽減と線路の水平線に呼応する先進的な都市建築のファサードデザインとしている。

歩行者デッキとつながる2階のオフィスエントランスは、日常とビジネスの結節点であり、融合の場所である。外構床石パターンをエントランス空間につなげることで連続性を高め、黒花崗岩の落ち着きと自然木ルーバーの柔らかい表情が品格を醸し出している。低層・中層・高層階へとつながるエレベーターホールはビジネスシーンへと頭を切り替えるための重要な場所として捉え、天井左右壁に伸びるLED照明の光に包まれる、透明感ある未来的デザインを施した。

本プロジェクトは脱炭素社会の実現に向けた「サスティナブルなまちづくり」としても位置付けられており、省エネルギー化を実現するためにオフィス専用部にはセンサー制御LEDシステム照明を採用している。画像センサー機能により、人がいない場所は自動的に照明が暗くなり、人を検知すると検知範囲の照明が点灯する。また、明るさセンサー機能により、窓から入る光を加味した設定照度となるよう照明器具の出力を自動調整し、効率的な照明制御を実現している。施設が駅に隣接していることから、災害などの非常時にも電源が供給されるよう、非常用発電機とコージェネレーションシステムと併用したBCP対策の構築にも力を入れている。

左:オフィス棟ファサードディテール。水平庇と縦フィンは線的なデザインを表現するとともに日射遮蔽の効果も考慮している
右:2階エレベーターホール

街道の憩いと賑わいを創出
~JR川崎タワー 商業棟~

商業棟は、オフィスワーカーの食事や地域住民の利用を想定し、各方向からアクセスできるようデルタ型の平面形状の各頂点に出入り口を構えることとした。さらに商業棟内部にもデルタ型の通路を配置し、回遊性のある空間づくりとすることで各店舗の活性化を図っている。また、どのアクセスからも一番目に付く中央テナントエリアは共用部と統一感のある内装で仕上げ、訪れる人へ憩いと賑わいの空間を提供している。

様々な街道とつながり宿場町として栄えてきた川崎。商業棟は、通路を街道に、店舗を宿場町のお店と見立て重なり合うよう設計している。その象徴となるのが通路の壁一面に描かれている三角形で構成されたグラフィックだ。このグラフィックデザインは旧街道を行き交う人々の足跡を表しており、色彩は多摩川の水面をイメージ。四季折々の多摩川に映り込む風景を表現し、川崎の歴史や由来を随所に盛り込んだ。

3〜5階のフィットネスジムは、25mプール、マシンジム、スタジオ、スパなどの基本性能に加え、フットサルコートやバイクスタジオ、屋外リラックスプール、キッズスクールなどがあり充実した施設となっている。様々な利用者が訪れるため、大人と子どものエリアをエントランスから分け、双方の動線やアクティビティが交錯しないように配慮した。内装デザインには、多摩川をイメージした鮮やかなブルーを要所に取り入れ、全体に統一感を持たせている。

三角形で構成した壁面のグラフィックデザイン

誰もが寄り道したくなる街へ

「人工の大地」と位置付けた歩行者デッキ上には、中央広場「デルタプラザ」をはじめとしたオープンスペースやレストスペースを設けている。デッキは常時開放され、オフィスワーカーやホテル利用者のみならず、近隣住民の憩いの場となっている。

デッキ上の3箇所に配置したカワサキデルタの総合案内サインは、やわらかな形状とアースカラーとすることで、見る人それぞれが水や植物、石など様々な自然のイメージを感じ取ることができる。 また、ネイチャーサインを4箇所に設置し、臨海部、多摩川崖線、多摩丘陵の生態系や、街区内にも植栽した地域の在来種植物を紹介し、川崎の自然の魅力を知るきっかけづくりとした。

「大地」からアイレベルで見える各棟の低層部は木質系の素材で統一し、街区全体を連なる帯のようにすることで統一感を生み出している。 オフィス棟の高層部は線的なデザインにより先進性を表現した。一方、ホテルのファサードには白色に僅かに緑色を加えサンドブラストを施したアーキテクチュアルコンクリートを採用し、ホテルらしい風格を創出している。

地区計画の集大成として2021年5月にグランドオープンしたカワサキデルタ。「人工の大地」には、多摩川ペイブを散策し、ベンチでくつろぎ、行き交う列車を眺める多くの人の姿を見ることができる。 誰もが寄り道したくなるオアシスのような街として、これからも永く親しまれ、愛され続けることを願っている。

自然物を思わせるやわらかな形状の総合案内サイン