DESIGN STORIES_上総一ノ宮駅

まちと調和する駅、人に寄り添う待合空間

歴史ある町並みと海岸の風景が共存する上総一ノ宮駅。
駅から約4キロのサーフポイント“釣ケ崎海岸”がサーフィンの国際競技会場に選ばれたことを契機に、
一宮町の玄関口として、また地域の方々にとってより快適な空間とすべく、内外装改修を行ったプロジェクトである。

上総一ノ宮駅
建築主:東日本旅客鉄道
所在地:千葉県長生郡一宮町
階数:地上1階
延べ面積:301.1m²
構造:木造
竣工年:2020年

地域らしさとの調和

一宮町は千葉県太平洋側のほぼ中央に位置し、北には太平洋へ注ぐ一宮川、西には房総丘陵、東側には九十九里浜の最南端と、豊かな自然と景観に恵まれた町である。この町は、一宮藩1万3000石の城下町として栄えた歴史を持ち、町名の由来にもなっている上総国一之宮 玉前神社は、全国でも重きをおくべき神社として古くから朝廷・豪族・幕府の信仰を集めてきた。また、年間を通して良質な波が打ち寄せる釣ケ崎海岸があり、町をあげてサーフタウンとしてのブランドづくりを推進してきた。

上総一ノ宮駅の始まりは、1897(明治30)年。一ノ宮駅として開業し、1916(大正5)年に上総一ノ宮駅に改称した。入口を入ってすぐに改札がある300㎡ほどの木造平屋の小さな駅舎が建てられたのは1939(昭和14)年のことで、地域の人々や多くの学生たちに利用されてきた。

玉前神社の門前町として発展してきた歴史ある町並みと、豊かな波が打ち寄せる海岸。その2つの風景のテイストを重ね合わせることで地域らしさと調和し、訪れる人の心に残る新しい駅舎を目指して、計画はスタート。設計のコンセプトを“町波ラウンジ”とした。

1939年に建てられた旧駅舎。外房線 上総一ノ宮駅は、総武線快速の終着駅で、京葉線も乗り入れている

より心地よい待合いの空間を

設計コンセプトの“町波ラウンジ”には、「居心地のよいあたたかさや、町のアイデンティティを感じることのできる待合いの場」という意味もある。駅で電車やバスを待つ時間をより快適にし、自由な過ごし方のできる空間としたい。地域に根差した駅として、利用する方の憩いの場となるよう設計した。
外観のデザインは水平を強調した平入の建物形態とし、町並みに寄り添う建築の佇まいを表現。これに対して内部は、天井を910㎜グリッドの杉材で格子状に組み、一宮町の良質な波を表している。新しい格子天井の隙間からは、古い小屋組みが垣間見え、旧駅舎の歴史も感じることができる。

待合室には空調を設けず、自然風を室内に取り込む計画とし、建物周辺の風向分布や自然風雨が与える建物内部への影響評価を実施。それらの結果を踏まえて入口付近の壁の角度を斜めに再配置した。夏期は室内に積極的に自然風を取り入れて、冬期には逆に冷たい風を防いでいる。

曲面の格子天井は、LVL(Laminated Veneer Lumber)で構成。千葉県産の杉を使用し、町のシンボルの一つである“波”をイメージした3次元曲面の天井によって、あたかも波にやさしく包まれるような空間が実現した。格子の側面に浮かび上がる赤みを帯びた板目模様が、九十九里浜に打ち寄せる波の綾を思わせる。

計画時には、改修後の全体荷重を改修前の荷重以内に抑えることが課題だったが、最終的には薄いLVL、材料そのものの強度をいかした軽やかな意匠表現が実現した。また、駅舎を使用しながらの短時間での夜間工事も条件であったため、天井部材をユニット化して現場に搬入することを検討し、作業時間の短縮およびコストダウンを図っている。

左:既存駅舎のドーマー屋根部を撤去し、整然とした建物形状に改修を行った。一文字ぶきの屋根面は季節や天候、時間に応じた空の様子を取り込み風景に溶け込む
右:駅舎入口。建物周辺の風向き分布等を踏まえ、壁の角度を斜めに配置した。一宮町のアイコンである鳥居をあしらった暖簾が利用者を迎える

待合空間を包む3次元の曲面天井。格子の奥には古い小屋組みが見える

曲面格子天井の設計プロセス

このLVLの曲面格子天井の設計には、3次元モデリングツールも貢献している。これは、本計画の天井のような、曲面や多角形といった複雑なモデル検討に長けた設計支援ソフトで、アルゴリズミックデザインを活用し、短時間で複数案の検討が可能である。天井格子の交点の座標をソフト上で求めて、図面の情報に反映していく設計フローとした。

重量、LVLの既製寸法、サイン視認確保のための高さ制限など、位置調整に必要な3つのパラメーターを同時に考慮しながら、視覚的な天井のデザインスタディを進めた。現場でLVLの寸法(ピッチ)が変更になった際も、ゼロベースではなく数字を組みかえることで対応できたため、合理的で統合的な設計が可能となった。

その他、パースや動画作成に特化しているソフトも活用。モデルデータも流用でき、実物サンプルがあれば、即時に反映しパースを作成することができる。これらのソフト活用により、クライアントの意思決定をスムーズに得ることができた。また、完成に近いビジュアルイメージをクライアントや施工者側と共有できたことで、詳細な設計情報の伝達に役立った。

駅前広場前のベンチ。照明計画は天井から床を照らすように光が漏れる様子をイメージした

想い出とともに記憶に残る駅に

日が沈むと、駅の柔らかな光が行灯のように町を照らす。照明はダウンライトをランダムに配置して、水中に差し込む光に見立てた。LVLの板側面も照明で照らし、杉の木目の見え方にも表情を持たせている。妻側の外壁には半透明の素材(ポリカーボネート)を採用し、建物内部に自然光を取り入れた明るい待合空間を実現。また、構造補強用の合板がポリカーボネート板越しに見える外装表現とし、木造特有の温かみのある躯体をレイヤー状に表している。

この駅で人々が思い思いの時間を過ごしてくれることを願っている。学生が教科書を広げて会話する風景。仕事終わりにほっと一息つく姿。その光景を想像し、自由な使い方のできる大きなベンチを設置した。屋外にも長いベンチがあり、駅を訪れる人々がそれぞれの場所を選んで過ごす姿を見ることができる。80年を超えてまちとともに過ごしてきた駅舎は、これからも地域とともにある。駅を利用する人々の記憶の中に、この新しい駅が、想い出とともに残るように。