PROJECT STORIES

幕張豊砂駅

新たな人の流れを生み出す
ゆったりとした時間が流れる公園のような駅。

複数の大型商業施設を始め、幕張メッセやZOZOマリンスタジアムなどが立ち並ぶ千葉市の幕張新都心地区。週末を中心に多くの人々がショッピングやイベントを楽しむために訪れるレジャースポットだ。これまでJR京葉線「海浜幕張駅」がこの地域の主要な玄関口としての役割を担っていたが、まちの発展とともに交通混雑などが課題となっていた。そこで、2017年に千葉県、イオンモール株式会社、千葉市、を構成員とする幕張新都心拡大地区新駅設置協議会が発足。「海浜幕張駅」と「新習志野駅」のほぼ中間地点に新駅を建設することで、交通混雑の緩和と人々の回遊性向上を目指すプロジェクトがスタートした。

PROJECT TEAM

写真左から大場、吉原、上田、黄、川島、池松

大場 航WATARU OBA
構造部門
2011年入社
駅舎など日々多くの人が利用する建物の設計に携わりたいと入社。当プロジェクトでは、実施設計において駅本屋、ホーム上家、設備棟の構造設計全般を担当。
吉原 タケルTAKERU YOSHIHARA
ターミナル駅開発部門
2011年入社
駅などの「まちの顔」として多くの人々が利用する公共空間の設計に携わりたいと入社。当プロジェクトでは基本設計のまとめや、実施設計の段階ではプロジェクトマネージャーとして業務全体のまとめ役を担当。
上田 将也MASAYA UEDA
ターミナル駅開発部門
2015年入社
まちの中心となる公共的な建築を設計したいと入社。当プロジェクトでは意匠設計を担当。設計図作成や意匠検討、土建調整、BIM作成調整、各種シミュレーション調整などを任される。
黄 寶羅HWAN BORA
ターミナル駅開発部門
2007年入社
ビルディングタイプではなく、生活を含む空間を建築することに魅力を感じて入社。今回のプロジェクトでは基本設計から実施設計の途中までプロジェクトマネージャーを担当し、クライアントや他部門との調整に務める。
川島 憲太郎KENTARO KAWASHIMA
設備部門
2019年入社
子育てをしながらでも第一線で働けることに魅力を感じて入社。当プロジェクトでは、給排水衛生設備・空調設備などの設計を担当。
池松 祐一YUICHI IKEMATSU
プレゼン推進室
2007年入社
CADオペレーターとしてJRE設計に派遣された後、CGを専門とする会社に就職。数年後にJRE設計から誘いを受けて転職。当プロジェクトでは、計画段階から実施設計までのCGパースの作成を担当。

※掲載内容は取材当時のものです

CHAPTER01

上下線の軌道が異なる特殊な環境

新駅の計画地として選ばれたのは「イオンモール幕張新都心店」に隣接するエリア。そこには貨物列車の操車場や車両基地が広がっている。鉄道の軌道は上り線が高架上であるのに対して、下り線は地平という段違いの構造となっている。これは、かつてJR京葉線が貨物路線として利用された名残でもある。プロジェクトマネージャーとして基本設計と実施設計を担当した黄は、その特異性についてこのように語る。
「工事費や工期を考慮すると既存の軌道構造を変えずに新駅舎を造らなければなりません。しかし、現地調査をしてみるとやはり高架の下は光が当たらず暗くなっていました。軌道の高低差があることや既存柱による制約といった与条件の中でどのように開放感を出したらいいか、それが新駅を考える上で重要なポイントでした」(黄)。
既存の軌道や高架柱を活かしながらも、まちのシンボルとなる新しい駅をどのようにつくるか。ここから新駅のコンセプトづくりは本格的に始まった。

CHAPTER02

通勤・通学のためだけではない「新しい駅」の在り方

オフィス街に隣接する駅とは異なり、新駅利用者の多くは大型商業施設を訪れる家族連れといったレジャーを楽しむ人々がメインとなる。意匠設計を担当した黄、吉原、上田は事業者とともにデザインワーキングで議論を重ねながら新駅のコンセプトを固めていった。
「まずは、『あらゆる人が使いたくなる居場所を提供したい』という想いから『ゆったりとした公園のような時間が流れる新しい駅』という大らかなコンセプトが生まれました。そして、これを軸として[わかりやすさ][開放性][駅とまちの連続][SDGs]という4つのキーワードを柱にすることが決定したのです。今振り返ってみても、このコンセプトが最後まで関係者の共通認識として残ったのは非常に大きかったと考えています」(吉原)。
各地からレジャーを楽しむ人が思い思いに集まり、まるで公園でくつろいでいるような駅へ。こうして新駅の方向性は決まり、心地よい空間づくりのためにデザインが進められていった。

CHAPTER03

自然環境に配慮した駅舎の模索

上下線の軌道レベルが異なる構造の中、どのようにしたら駅舎内やホームに開放性を生み出せるか。意匠設計を担当した上田は、BIM(三次元モデリングツール)を用いながらデザインを検討していった。
「もともと駅がつくられる想定になかったため、例えば高架下などは極端に空洞が低いといった制約が様々にありました。ただ、このような特異性を逆手に取りながら土木と建築で一体的にデザインすることを意識しました。土木躯体を使い、吹き抜けを計画したり、柱をコンコースやホーム上に極力落とさないようにするなど、開放的な空間を成立させるための構造形式を固めていったのです」(上田)
大屋根をどのような形状にしたら意匠性と機能性の両立を図れるか、日射や風の流れを活かしながらも熱だまりや雨水の吹き込みを防ぐためのホーム上家の最適な形状など、BIMを使って様々なシミュレーションをしながら駅舎の意匠設計は進められた。こうして、太陽光や自然通風を最大限に活用した駅のデザインを決定していった。

CHAPTER04

BIM活用で実現した複雑な形状の大屋根

駅の「顔」ともいえる改札口。その上部には開放性を実現するために駅前広場に向かって突き出しながら複数の梁が一点に集まり、かつ片持ちとなる大屋根が計画された。駅舎全体の構造設計を担当した大場は、中でもこの大屋根の複雑な形状の強度計算に難儀したという。
「大屋根の素材として膜屋根を採用することになりましたが、膜屋根は常時引っ張る力が生じるため、部材に『ねじれる力』が発生します。そのため、ねじれに耐えられるような鉄骨材を配置しなければなりません。また、角度がそれぞれ異なる複雑な形状になるとその納まりをどのようにするか、設計段階でBIMを活用しながら立体的に取り合う部材のレベル設定や、見え方について意匠担当と一緒に何度も調整しました」(大場)。
BIMは設計段階での詳細の落とし込みだけではなく、この後の施工図照合においても活用された。それにより施工現場と図面を確認しながら質疑のやり取りをタイムリーに行えるようになるなど、BIMは構造設計においても大きな役割を果たした。

CHAPTER05

雨水・汚水を本管に流せるよう勾配に注意

給排水設備で課題となったのが敷地内の雨水や汚水の排水方法だった。もともと新駅の計画地は更地であったことから雨水本管が前面道路内に敷設されていないため、給排水衛生設備の設計を担当した川島は、様々なケースを想定しながら下水道局との調整にあたった。
「前面道路に雨水本管が敷設されていなかったので、近くから雨水本管を延伸する必要がありました。敷地内配管のレベル差を想定して雨水本管への接続レベルを決定する必要がありますが、設計上は問題なくても実際に土を掘ってみないと障害物の有無が分かりません。場合によっては勾配逆転する可能性もあるため、余裕度をどれくらいに設定するかが設計上のポイントになりました。また、駅舎内部の配管・ダクトのルートを確保することも課題の一つでした。これらの設備は一般的に天井部に収納されていますが、新駅はそもそも天井がないなど独特な形状となっています。その意図を汲み取りながら意匠を損なわないよう納めるために様々な調整を心がけました」(川島)。
機能面を最優先にしながらも、開放感のある空間を損なわないように。川島は各部門と慎重に相談しながら設計を整えていった。

CHAPTER06

人にも環境にもやさしい建築を目指して

新駅は上下ホームのレベルが異なる構造のため、利用者が目的の場所に辿り着きやすいよう様々な工夫を施すとともに、バリアフリーにも配慮をしている。その一つが、天井から吊り下げるサインを無くし、高架橋の壁面や高架柱にサインを設置することで視認性を上げるというもの。さらに、高架橋による圧を和らげるために、千葉県産の杉材を壁面の柱の仕上げの一部として使用し、国際競技大会の宿泊施設で使用された千葉県産杉材を加工したベンチをコンコースやホームに設置した。
「今回のプロジェクトで求められたのは『新しい駅』をつくること。ここでいう『新しい』とは、単なる『新設』ではなく『新しい価値を示す』ということだと思っています。『わかりやすい・使いやすい』といった従来の駅機能に加えて、人の手に触れる部分に地場産の木材を使用したり、照明がなくても自然光で明るい空間を用意したのは、これからの駅のベースとなる『人にも環境にもやさしい』という新しい価値を目指したからなのです」(上田)。
地域に密着した親しみのある駅空間にするにはどうしたらいいか。その想いが、駅舎内の至るところに込められているのだ。

CHAPTER07

可視化によってコミュニケーション精度を上げる

「新しい価値の提供」は、設計のみならずプロジェクトの進め方にも反映された。それが、設計プロセスからBIMや新しいツールを活用することだ。CGパースの作成を担当した池松もまたその主要な役割を担った一人である。
「通常はCAD画面からCGモデルを構築しますが、今回初めて設計側で構築したBIMモデルを活用してCGパースを作成しました。オンラインで提供されている3Dの地図データとBIMモデルを融合することで建物や地盤の高低差を精度高く再現し、さらに設計側から詳細なCAD図やスケッチをもらいコミュニケーションを密にしながらリアルな外観や内部のモデルを作成しました。このCGパースによる『可視化=共通言語化』は事業者や施工者とのコミュニケーションを図る上で大きな役割を担ったと感じています」(池松)。
一枚のCGパースによって様々な判断がされるなど、ビジュアライゼーションの重要性はますます高まっている。設計段階からこのような「新しい価値」をいち早く提供できたのも、このプロジェクトが社内外から評価された要因となった。

CHAPTER08

千葉県で25年ぶりとなるJR東日本の新駅が誕生

こうして、2023年3月18日、ついに「幕張豊砂駅」が開業した。駅前広場とシームレスにつながった改札口は、まちに向かって大きく開いた大屋根に覆われ、駅構内は自然採光を取り入れた明るく開放感のある空間となっている。また、雨風を防ぎながらも開放的で見晴らしのよいホームなど、「人と環境にやさしい駅」の特徴がふんだんに盛り込まれている。
「『ゆったりとした公園のような時間が流れる新しい駅』ワークショップで生まれたこのコンセプトに向かって、関係者全員が『良いものをつくりたい』という意欲や気持ちを抱きながら、根気強く設計や調整したことで出来上がった駅だと思います。実際にお客さまが利用されている様子を見て、建築をつくる仕事に関わっていることにあらためて喜びを感じました」(吉原)。
「幕張豊砂駅のプロジェクトに関しては非常に多くの制約がありましたが、上田さんを始めプロジェクトに関わった皆さんが、それらを制約と感じずに『駅の個性』として楽しみながらユニークに変えていきました。それがプロジェクトを成功に導いた秘訣ではないでしょうか」(黄)。
当初の想定通り、駅にはベビーカーを押す家族連れや、ベンチでくつろぐ若者や高齢者の姿が数多く見受けられる。幕張豊砂駅は、これからの時代を象徴する「新しい」駅として、地域に長く愛され続けていくだろう。

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